「あにうえー!」
「アエカおにいさま~!」
細く開いた扉から小さな影が2つ、吐き出されるように滑り出て駆け寄ってくる。
「おかえりなさぁい」
脚にじゃれついて笑いながらくるくると廻る。はしゃぐ子供は僕の弟妹、四歳になる双子である。
「レイア、勝手に出て来ていいの?母様は何て言ってたかな」
妹は思案する仕草を見せて首を傾げる。しかし、ぱっとその碧の瞳を輝やかせて笑った。
「あのね、アエカおにいさまのくるまのおとがしたの!おそとをみたら、おにいさまがみえたから、わたし、うれしくて!」
半ば呆れて、ふ、と溜息混じりに笑った。弟を見ると、申し訳なさそうに見上げている。
「カガセは?何か言う事がありそうだね」
「ごめんなさい、あにうえ……」
そう言うと、上衣の裾を握ってもじもじと落ち着かない素振りを見せる。
「分かったよ。母様には言わないから、今度からは中で待つんだ。いいね?」
「はい!」
安堵したように笑って駆け出し、扉を開ける。
よく見ている、と思う。父や自分が、彼らの先に立って扉を開けるのを真似しているのだ。僕が言うのも何だけど、利口で可愛い弟だ。
この子は双子の兄でカガセ・イラという。古事に出て来る神格化された明けの明星、金星の名を頂いたらしい。
妹はレイア・テラといって、黎明を読み替えている。どちらも夜明けのイメージにしたかったらしい。
二人共素直な青い黒髪で、僕とは大分印象が違う。どちらかというと父に似た印象だ。レイアなど瞳の色まで同じだから、父は可愛くて仕方がないようだ。
カガセは僕と同じ茶の瞳だけれど、容貌は父に似ているから、僕ともよく似て見える。母は、この子が僕の幼い頃にそっくりだと言ってよく笑う。まぁ、同じ親から生まれたのだから当たり前なのだが。
けれど、その事実は一部の近しい人しか知らない。
僕は、母の最初の結婚相手の子という事になっている。母の最初の結婚相手は政略結婚で、母は結婚式で叔父に拐われたから、一緒に生活した事は無いと言っていいと思う。
何とも可笑しな話なのだが、何故か絶大な支持を得ている母に国民は疑問を投げようとしない。多分、皆感付いている、僕ら三人の父親が同じだという事は。だが、誰もそれを問おうとはしない。 この婚姻に課されたものが、彼等にも意味のある事だったからなのだろう。
この婚姻には人類の可能性が賭けられている。母はナチュラルで、父はコーディネイターだ。この国では、そんなに珍しい事でもないのだが、世界的に見ればこの人種を越えての婚姻は未だ受け入れられているとは言い難い。 それを、友好と融和を掲げたプラントの元首の提案で受け入れた。と、まぁ、建前はそういう事になっている。
そうして母の結婚は、表向きまた政略結婚となった。こうして混じり合っていく事で人が人として在るべき状態に回帰していく為の布石となる、とでも説明すれば格好がつくだろうか。 こういう言い方をすると何だか汚い感じがして嫌だ。人種で差別するのでなく人類として纏まろうという意志を示すことにはなるのだろうと思う。
このオーブに於いても、平等に国籍を与えられるとはいえ肩身の狭い思いをしてきたコーディネイターの国民には歓迎すべき出来事だっただろう。
国のトップがナチュラルでありながらコーディネイターを家族に迎えたのだ、“人種”という垣根は人々の間に於いても以前より低く、容易に越えて行けるものと捉えられていくだろう。
母はそれを望んだし、僕にもそれは理解出来る。 そもそも僕は、同じ人類の間でナチュラルだ、コーディネイターだ、と分け隔てる感覚がよく分からない。それは僕が戦争を知らないからなのかもしれないけど、同じ人間じゃないか、と思ってしまう。
だから、もし世界がそういう方向に動くのなら、それは望ましいことなのだと思う。
「あにうえってば!」
「えっ?」
突然、手を掴まれて驚いた。視線を落とすとカガセが膨れ面で見上げている。
「さっきからよんでるのに!あにうえ、なにかかんがえごとですか?」
「あ、いや…… ごめん、何?」
何気なく問うとカガセに並んでレイアも僕を見上げて、ぷ、と笑った。
「アエカおにいさま、おとうさまとおんなじおかおしてる」
嬉しそうに言ってレイアはきゃらきゃらと笑う。
非常に不本意だ。むっとして不機嫌に見下ろすと、カガセが呆れた顔で呟いた。
「あにうえって、ほんとうにちちうえにそっくりですね」
僕は肩を落として息を吐いた。