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 それは珍しく紙の私信だった。届けられた封書の宛名には、見覚えのある文字が並ぶ。 届けられた、というよりは置いて行かれたと言った方がよい簡単な宛名に苦笑して、けれど、わざわざ手書きするなんて余程の事だろう、と覚悟を決めて封を開けた。
 折り畳まれた紙を開いて一息に読む。


   親愛なる友へ
 君の手元にこの手紙が届く頃には、俺はもうこの国にはいない。 この世界のどこを探しても、俺を見出すことはできなくなるだろう。
 こんな形で離れることを君は卑怯だと詰るかもしれないな。
 だが、そうさせたのは君だ。
 君は、これまでずっと愛してきたものを護り通す、と決めた。 俺にはそれを否定する権利は無い。 このまま、今までのように傍にいることもできるんだろう。そうしたい気持ちが無い訳じゃない。
 無い訳じゃないが、それは甘えだ。
 気付いたんだ、俺にもやるべきことがあることに。
 君は身を以ってそれを教えてくれた。 なら、それは、君が護り通すと決めた今、為すべきことなんだろう。
 正直、こんな風になるのは、かなり残念だ。
君が好きだった。強がる君も、奔放な君も、泣き虫な君も、よく笑う君も。  愛していた。全て。
 君の、その決意の姿も好きだから、俺は行く。
 いつか、君の傍で何もできずに焦ってばかりだった俺を捨てて、君と共に歩ける力を手に入れたら、 会いに行く。
 必ず会いに行くから、
 覚えていて欲しい、俺が居たことを。


 几帳面に並んだ文字はその為人を表わし、確かな圧ではっきりと記された文章は決意を示していた。
 絶望的な悲観に囚われながらそれを否定できないのは、自分が先に別離を決めていたからだ。 改めて国を負うと決めた。その立場で彼と共に歩むことは不可能だ、彼の行動がそれを不可能にした。それを責める気などない。けれども厳然たる事実は胸を締め付ける。
 ――改めて告げられると堪えるな。
 そう苦笑しながら、殆ど無意識にペンを取った、綴る文字の当てさえ無いまま。
 長い考量の末に生まれた文章は、その時間に反比例する簡素なものになった。


   私の大切な友へ
 どんな言葉でお前を見送ればいいのか、すごく悩んだ。
 卑怯だとは言わないよ、狡いやつだとは思うけど。 一人で決めて、勝手に出て行って、いなくなるってどういうことだよ。
 だけど……よかった。
 やるべきこと、見つかったんだな。
 その決意は正しいと思う。お前の思う通りに成し遂げてくるといい。 お前のことだから、そつなくやってのけるんだろう。目に浮かぶ。
 もういないんだと思うと涙が出そうだ。私も案外弱かったんだな。 いろいろあったし、辛いこともあったけど、お前がいてくれてよかった。 お前がいたから強くなれた。甘えていたのは私の方だ。 そろそろ独り立ちしないとな。
 私はここで頑張るから、お前は望む場所で頑張れ。
 私はここにいる。ずっと、待っている。  その時が来るのを、楽しみに、待っている。


 カガリはその便箋を丁寧に折り畳んで封筒に入れた。 滲む視界は別離の痛みか、心を表現できない悔恨か。戸惑いながら封をして、封筒を表に返す。
 ――アスラン
 胸の内に呟いて、その響きがもう哀しいことに気付く。封筒に手を置いて、目を伏せた。
 ――足枷には、なりたくない。
 折角の決意を、互いの決意を無駄にしたくない。望む世界は多分、そこにあるから。
 そう思考すると、目を開いて封書を重ねた。懐かしいその文字が見えないように、今、封をした封書を上にして。 そして抽斗のずっと奥、底の方へと捩じ込む。封印するかのように書類や文具を上に乗せ、抽斗を閉めた。
 ――さようなら
 訣別を告げる。もう二度と来ることも通ることも無いであろう道。決壊した想いは上衣に染みを作った。