19

「時に、代表」
 鋭い眼光が金を射る。その光がふわりと揺れた。
「何か、代表」
 瞬間、笑みが漏れて黒と金が揺り合う。
「ややこしい」
「正しく呼称しただけだ」
 その瞳は子供のそれ、無邪気に見返す頬に、長い金糸がさらりとこぼれた。その丈を眺めながらミナは思い返す。
 戦後、彼女に呼び出されて以来、彼女の髪が短くなることは無かった。そして、歳月を経て自らのそれと似たような丈になり、相対するものと捉えられ、対と称されるようになって、それは定着した。
 まぁ、それも悪くない。互いに不足を補って国は安定を見ているのだから。
「では、主席」
 ミナは並び居る光に呼びかけた。くすり、と笑う気配がする。
 執務室。窓を背にして並ぶ机は二つ。同時に主を据えることは珍しいその机に、今日は主が揃っている。それだけで、普段より室内が華やかな空気を纏うのは、どちらの主も妙齢の首長だからか。
「新組織への武力提供の件はどうなっている」
「ああ。第二宇宙艦隊に行って貰う」
「……妥当なところか」
 ふ、と息を吐いて互いに目を落とす。その変遷を思えば自ずとそこへ辿り着く。聞くまでも無い結論に笑みが漏れた。
「クラインの当主が望んだか」
「ガーディアンエンジェル、というそうだ」
「……守護天使か。成程」
 ひとつ息を吐いて背凭れに寄りかかる。ミナは差し出されたファイルを受け取り、めくりながら哂った。
「随分時間が掛かったな。取り掛かるなら就任してすぐかと思ったが」
 そうか? と顔を上げず資料に目を落としながらカガリは軽く返す。
「ラクスも何考えてるのか分からないところがあるからな。先ず自らを正してから、と言っていた」
 軽く鼻を鳴らし、口角を上げる。
「自ら、か。争いの根のことか?」
 カガリは答えなかった。それだけとは思えない、というのが正直なところだ。きっとミナもそう言いたいのだろう、揶揄するように笑ってファイルを机上に軽く投げた。
「まぁ、いい。だが、恐ろしく潔癖なのだな、議長は」
 意味を取りかねる、という風に投げられた視線には応えず、独り言のように呟く。
「……独裁にならなければいいが」
「……大丈夫だ」
 勁く、静かに発せられた音は、突き刺さるようにミナの耳に届いた。
「ラクスは独りじゃない。大丈夫だ」
 視線は既に資料に戻っていた。ミナは値踏みするように見下ろす。
 此処にも信者が一人。
 独りではない、だから大丈夫だと何故言い切れる?そうして全幅の信頼を置くことが危険なのだ。側に居て支えるべき者が心底傾倒していたらどうなる。若しくは、更に上を行く潔癖さでそれに応えたらどうなるのだ。
 惨状が見えるようだな、と胸中に吐く。
 以前のように感情的にならないのは成長か。だが、まだまだだ、と嘲う。情に厚いことが悪いとは言わない。が、信じると言い切ることは危険だ、お前の立場では。
 笑いとも溜息ともつかない息を吐いて、ミナはその思考を封じた。
「それで、守護を司る大天使殿はどうしているのだ?」


 詰まるような閉塞感に密かに息を吐く。幾度目かの溜息。
 その組織は一方的にならぬよう、講和条約に署名した各国に協力を要請する手筈になっていた。回答が揃うまでの期間、軍や政府の関係諸所との詰めや、仕官の招聘、施設の整備など、順次進める。自らも着手しながら、にこやかにその処理や折衝を回してくるラクスに感心しつつ、その処理に追われていた。
「入るぞ」
 凛としたその声は刺々しくもある。馴染んだその響きは今では好ましくもあった。
「全く。こちらにまで雑用を回すとは、どういうことだ」
 始まった。内心くすりと笑ってキラは差し出されたメモリを受け取る。仏頂面に見下ろされて肩を竦めた。
「ごめん。 でも、イザークなら絶対やってくれるでしょ?」
「……まぁな。というか、貴様! そんな心構えでやっているから、処理が追いつかんのだろうが!」
 切れ長の目が更につり上がる。ぶつぶつと小言を唱えるイザークに頬が緩んだ。
「でも、残念だな。来てくれると思ってたのに」
 はたと小言が止まる。一瞬だけ合った視線はきまり悪そうに逸らされた。
「仕方ないだろう。上の決定だ」
 うん、と小さく返しながら、イザークらしい、とキラは微笑む。
 新組織は、便宜上、その構成員の大半を軍人、軍属で占めることになる。所属するものとしては目下、どちらの組織に属することになるかという話題でもちきりだ。キラもイザークもかなり上層に近いとはいえ例外ではない。
「もっと言えば、議長決定だ。反故には出来ん」
「いや、別に不満だとは言ってないよ」
 苦く笑う。ん? と瞬いて、キラはイザークを見据える。
「ラクスは……サインしてるだけでしょ?」
 見下ろすイザークの瞳が一瞬見開かれた。そして、咎めるような目で睨めつけてから溜息を吐く。
「まぁ、確かに末端の人事までは関与しないだろうが。貴様、彼女が何も考えていないとでも思っているのか?!」
「そういう意味じゃ……」
「俺は直々に辞令を頂いたんだ。ラクス・クラインに」
「えっ」
 思わず声を上げた。裁可ではない、ラクスの裁量だとイザークは言う。出来ないことではないが、意外だった。わざわざイザークだけに直接辞令を下したのだろうか。また、僕の知らないところで……気持ちが燻る。
「ガーディアンエンジェルは貴様に一任するから心配は無い。身を削り、大きく人事を移動する軍の維持と綱紀の改正に力を貸して欲しい、そう、言われた」
 視線は合わなかった。見据えるイザークはその言葉を全て納得しているようだ。彼のその忠実さは正に軍人、確かに軍から外すのは酷かもしれない。慣れてもいるし、そこで遺憾なく発揮される力は大いに必要とされるものだろう。ふ、と息を吐く。
「そちらにはシン・アスカが配属になる。俺の代わりに喚いてくれるだろう」
 溜息を聞き咎めるように紡がれた言葉に苦笑した。苦笑しつつ、自覚、あるんだ、とキラはまた笑う。どちらにしても賑やかになりそうだ。
「人事、聞いたの?」
「いや。シンは一緒に辞令を受けた。あいつはもともとプラントの人間ではないし、 志願した動機に目を留められたようだったな」
 ああ、と相槌を打つ。国に家族を殺された、と言っていた。大事なものは自分で守る、その力を得るために軍に入った、と言っていた彼。
 条約が締結される辺りから、彼の態度が徐々に変わっていたのには気付いていた。頑ななほどカガリとオーブを嫌い、怒りを露にしていた彼が、カガリを認めるようになっていた。時に彼女の立場を擁護するような発言をしてキラを驚かせることもあった程だ。この変化をラクスは、軍にいて国を守るより、もっと広い視野で世界を守る方が彼にとって良いと判断したのだろう。軍に、この国に、帰属することはないのだ、と暗に伝えたいのかもしれない。キラはそう思った。
「おい、キラ!!」
 棘のある声にはっとする。見れば、如何にも激しい目つきで睨まれていた。
「ぼんやりするな! 仕事は山ほどあるんだぞ! 俺に押し付けずに自分でやれ!!」
「あぁ……ごめん」
 ぶつぶつと小言を言いながらも、段取って仕事を宛がい突き付けてくるイザークに失笑する。
 この期に及んでも結局、彼に助けられている。やっぱり、引き抜けないのは惜しいな、と寂しく思った。