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 風が緩やかに流れていく。
 ガーディアンエンジェル・地球圏本部――そのエントランスで、この世界的規模の治安維持組織の発足が宣言された。
 協力各国の代表、マスコミが見守る中、滞りなく流れるように述べられる声明は、地球と宇宙に住み分けてきた人類を一つの世界と捕らえ、一つの社会として安定した状態へ、平和を目指して共に歩もうと語りかける。
「私達は、争わなくとも良い筈の存在なのですから」
 ずっと胸の内に唱え、近しい人々に問いかけ、目指すべき世界の理由としてきたそのフレーズを音にした。惜しみない拍手に押されるようにして飛び立った数機の機体が、アクロバットを披露して歓声が上がる。そうして、その発足宣言は閉じられた。


「順調な滑り出し、と言っておこうか。議長殿」
 妥協のない勁い瞳は、僅かに笑みを湛えてラクスを射る。
「はい。これからが正念場、といったところでしょうか」
 にこやかにラクスはミナに微笑んで返した。そんな様子を困ったように笑ってキラが見る。
「笑い事ではないぞ。そなたの采配に掛かっているのだからな、大天使殿」
「ええ。分かっています」
「相変わらず手厳しいな、ミナは。今日くらい、いいじゃないか」
「駄目だよ、カガリ。僕たちは走り出したんだ、進んで行かなくちゃ」
 諭すように言って、キラはカガリに微笑んだ。
「……良い心掛けだ」
 ミナの言葉に目礼で応える。真新しい制服の背中が大きく見えた。
 その法衣にも似た制服は、歳月を経て一層落ち着いた雰囲気のキラを神々しくさえ見せる。まるで、本当に宗教家にでもなったようだ。いっそその方がこの組織の目的に即していて良いのかもしれない。キラの在り方、ずっとその根底にあった思い――中立――にも沿って相応しい。やっとそこまで辿り着いた、そう感じた。
「司令、そろそろ皆様のご案内を」
「ああ、そうだね」
 臨時に取り付けられた演壇の後方で、一仕事終えたかのような雰囲気のこの国の代表とその組織の代表と創始者に、気を抜くなとでも言いたげな、毅然とした声が割って入る。
 この後、施設を一部開放し、各代表やマスコミに公開する予定になっていた。そのため、エントランス付近の人の動きは殆ど無く、施設や声明の感想を述べ合う声でざわめいている。
「行こうか、シン。では、後程」
 ミナはキラの礼を受けて軽く頷いた。ざわめく集団に流れを与えて率いていく姿を見送る。
「……立派になったものだ」
 ぽつりと呟いたミナに、ラクスもカガリも振り返る。ミナの口からは到底出そうに無い言葉に驚きを隠せない。
「こんな覇気の無い若輩者に世を任せられるものかと、議長殿は戦の功に囚われすぎだと思っていたが」
 ラクスは嬉しそうに微笑んでミナを見返した。
「キラは優しい方です。確かに頼りないかもしれません。でも、彼は希望の光なのです」
「光、か。」
「はい。彼が戦争に介入したのは、世界を護りたいから。自らがコーディネイターであることを嘆き、その能力で人を傷付けるのを厭うた彼ならば、その力を以って私達は手を取り合えるかもしれない、と。
 世界は一つになれるかもしれない。綺羅星の如くその希望を掲げた、彼は光なのです」
 ふむ、と軽く呟いてミナは黙した。隣で小さく笑う音がする。
「綺羅、か。掲げるというよりは、体現しているって感じだよな。コーディネイターのくせに、守りたいのはナチュラルの友達で……ていうか、そんな括りすらあいつの中には無いんだよな。初めて会った時は不思議だったけど、あれが多分、人としてあるべき姿なんだ、と今は思う」
「そう。ナチュラルだから、コーディネイターだから、と偏り見ない彼は、平和を、目指すべき世界をその内に持っている。それが、彼の曲なのです」
 そうしてミナに視線が集まり、ミナはにやりと笑った。
「成程。私がカガリの可能性に賭けたように、議長殿もキラの可能性に賭けた、ということか」
「何?」
 カガリはミナのさりげない告白を訝しんで声を上げる。ミナは右手を軽く上げて制する。
「共同統治を持ちかけてきた時。なんと幼く奔放なのだ、と呆れたものだ。大胆だが寧ろ乱暴で、感情が先走るような凡そ為政者とは思えぬ物言い。全く、独立は正しかったと確信した。
 だが、憶えているか? 人はそもそも自分の曲を奏でている、国がそれを抑えているから世界が変わらない。それなら国を変えてみないか、とお前は言ったのだ。国を変えるのは大変なことだ。正直、馬鹿な、と思った。しかし、面白い、とも思った。そうまで言うなら、この国が新たな世界を迎え入れる様を見届けてやろうと、それを受け入れたのだ」
 そして、ふっと笑って目を逸らした。
「そしてこの国は変わった。議長と親交があったことで人々の垣は低くなり、以前より人々は自由になった。燿、お前の名はかがやきの意味を持つ。その名の通りの輝きでそれを知らしめ、新たな世界の旗印となっている」
「そう。その輝きがあったからこそ、私達は集い、共に行動できたのですわ」
 軽く頷きあったミナとラクスはカガリに笑みを向けた。思いもよらない言葉に息を呑む。
「それは買い被りだろ。私は何も……」
「そうでもない。こうして世界的な組織を創るまでになったのだからな」
「カガリさんが行動してくださったからこそ、私達は違いを超えて同じ目的のために動けるのですわ」
 半ば呆れて口篭るカガリに、ラクスは微笑んだ。
 この世に生まれ出る方法が違ったこの双子は、そのために引き離され、このために出会ったのかもしれない。
 自らの内で一人を育てながら、もぎ取られた一人を思い鉄の繭に涙する、その母の思い。同じように産声を上げ、その胸に無心に眠る子等が、憎しみ合い争うことなど望まないに違いない。共に成長し、笑い合い、手を繋いで歩む未来を望むだろう。だからこそ、共に輝きの意味を持つ名を付けた。生き延び、輝いて、同じ血を引く者として共に歩む様に。そうして、ナチュラルだ、コーディネイターだ、と躍起になる世界に一石を投じてくれれば。そんな風に、彼女は願ったのかもしれない。
 そしてそれが、その父を止められなかった母のせめてもの贖罪――
「ラクスは兎も角、ミナからそんな言葉を聞くなんて、気味が悪いな」
「何を言うか」
 カガリがにっと笑うと、ミナは冷えた瞳で一瞬カガリを睨み、微笑んだ。
「ま、これからが正念場、なんだろ? 気を抜かずに努力しないとな」
「そうですわね」
「……良い心掛けだ」
 共に歩み始めて数年が過ぎた。既に人種の差を意識することもない。カガリとキラ、この仲の良い姉弟に希望を見ていたのかもしれない。ならば、二人は紛うことなく光なのだ。
 ヒビキでありながら、粛清に遭いながらも生き延びた彼等の、これは運命なのだろう。互いの違いを超えて、平和を目指すよう定められた運命。世界を巻き込み始めたその運命に、未来をを見た気になってミナは自嘲気味に笑った。