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 叫び声が響いた。反響してやけに大きく聞こえた音に驚きながら、音源を辿る。
 エターナル艦内。停戦後、ZAFTに返還され再編成された艦はしかし、あまり変化がなかった。バルトフェルドを艦長に据え、以下残存のクルー達は留任。ミネルバのクルーを吸収し、ジュール隊を配属ーー軍規に触れたものをラクスが掬い上げた、とも言われるが、要は厄介者の集まりだ。そもそも亡命していた者を多数含むなら、動かさずに静観するというのが上の考え方なのだろう。妙な動きをしたらここだけ切り離せばいいのだし。軍服の白にそんな風に毒吐きながら慣れた足取りで進む。
 壁を殴り付ける鈍い音に銀髪が揺れた。
「イザーク?」
 勢いよく振り廻らされた頭に銀髪が散り、鋭い双眸が覗く。殺傷能力でもありそうな射るような目付きは相変わらずだ、と苦笑した。イザークと呼ばれた青年はふん、と鼻を鳴らして目を逸らし、極まり悪そうに呟く。
「何だ。……趣味が悪いな、キラ」

 ごめん、と笑うとイザークは一層不機嫌になった。
「……何かあったの?」
「聞いていないのか?!」
 無機質の壁に、無遠慮に反響して響き渡る高周波に首を竦めた。憤然と見下ろすようにするイザークに何を、と問う。
「あの、馬鹿者のことだ!」
 いよいよ機嫌が悪かった。なるほど、と得心する。彼のことになると無条件に機嫌が悪くなるのを思い出して、苦く笑った。瞬間、ざわりと胸が騒ぐ。
「アスランのこと? 僕は何も聞いてないけど」
 イザークの目に見据えられる。その瞳が意外だ、と言っていた。みるみる苦く顔を歪めて吐き捨てる。
「統合本部にいるらしい」
「え?」
「何処に居るかまでは聞けなかったが、ここには戻らない。」
 息を呑んだ。自ら本国へ赴いたことは聞いていた。それももう随分前の話だ。オーブに籍を置くことも出来たのに戻ることを選んだアスランの意図はキラには分らなかった。他のクルーにしても一様に戸惑ったものだ。
 理由はイザークの言に要約される。
「二度も脱走した人間に許される処遇か? それが?!」
 その選択の先が厳しいのは誰の目にも明らかだった。仮にも独断の許される立場にあり、言い様は幾らでもあるとはいえ、それで全てが治まるというわけでもない。何かしら咎められて然るべき、と誰もが思い、その去就を見守っていたにも拘らず、何も聞こえてこなかったのはどういうことか。しかも、本部への大抜擢である。後ろ暗さを感じずに居られるだろうか。
「……何、それ……」
 混乱した。その意味を飲み込めず、問うてしまったその言葉が、イザークをさらに苛立たせた。
「知るか! ……何を考えてるんだ、上の連中は」
 ぎりぎりと歯噛みするイザークを無感覚に眺める。そして瞬間、煙の幕に息を吹きかけたように、す、と混乱が解け、何かが見えた気がした。同時にぽつりと浮かんだ言葉を辛うじて飲み込む。
 キラはイザークの爪先に目を落として、ごく小さな声で呟いた。
「……事務局とか、 に、居たりしてね」

 はっと顔を上げたイザークに驚愕の色が見えた。硬直したイザークに、キラは首を竦めて見せる。その可能性に気付いたサインに、憶測だと告げてやる。軽く手を挙げて背を向けた。
 まさか、ね。と胸中に呟きながら、否定しきれない。その声は無視できなかった。
 ――オーブを、 カガリを売ったの?アスラン――
 その言葉は毒を燻らせ、一足毎に重く、深みへ沈んでいった。