以前書いた『黒執事』捩りなアスカガ(赤と青の奴)があまりにもお粗末なものでしたので
リベンジしてみましたw
依然分かりにくい感じではありますが、
ご当主カガリと執事アスランで黒っぽい仕立になっております。

ふふ、
小さく笑う声が聞こえた。
ふふふっ
少年は堪えきれない、というように更に笑う。
「ふっ ははは!見たか?あの慌て振り!」
「ええ。まさか蛇をコート代わりにしてお帰りになるとは思いませんでした」
笑みを刷いて少年に答える男は燕尾服。長い廊下を付き従っていく。

lacrimoso

地下一階、地上二階のその屋敷は林に囲まれるようにして鎮座している。擁する庭は手入れが行き届き、芝は刈り揃えられ季節を追って次々に花が咲く。見える範囲は所有地というこの屋敷の主は、先頃夭逝した先代から領主を相続した年若い当主である。
質の良い調度が屋敷を控えめに飾る。当主の若々しさからは凡そ想像できない落ち着いた色調で纏められ、あまりに飾らないそれは、先代の夭逝のこともあり、薄気味悪いと評されることもしばしばだ。
「そちらの番だ」
卓に広げられた遊戯盤には不思議な駒と絵柄が並ぶ。動物や虫、何か判別のつかない奇怪な絵が枡目に描かれ、異様な世界を作り出している。気味悪げに駒を摘み上げて、少年に相対して座る男は声を上げた。
「しかし、変わった盤ですなぁ」
「珍しいだろ?知り合いの貿易商から特別に譲って貰ったんだ」
相手が駒を置いたのを確認して、自陣の駒を持ち上げる。
「道理で不思議な筈ですな。私には気味悪く見えるが」
「往々にして子供は気味の悪いものを面白がるものじゃないか。そして」
たん、と駒を置く。
「遊びに貪欲だ。   上がったぞ」
ふぅ、と息を吐く。男は盤上を呆然と見つめた。
「敵いませんなぁ、全く」
失笑して頭を掻く。少年は盤を見据えた。
「……貴殿の枡は蛇か。これは厄介だな」
男を見上げてにやりと笑うと、何のことかとさらに失笑した。
「ゲームも終わったことですし、私は失礼しますよ」
「ああ」
席を立つ男に少年は意味ありげな視線を投げて頷く。
「道中、くれぐれも用心されるように」
そう言うとにやりと笑った。男は理解に苦しむと愛想笑いをすると、扉の前で、例の件、宜しくお願いしますよ、と言い置いて立ち去った。
「……全く。欲深い男だ」
少年が言い終わらないうちに男の短い悲鳴が聞こえた。少年は窓から玄関を覗いた。

長い廊下を笑いながら歩き、幾つ目かの扉で立ち止まった。
厚みのある大きな扉を開くと、正面に少年にはやや大き過ぎる机が据えてある。マホガニーの匂いが染み付いたその部屋につかつかと入ると、机と対になった椅子に無造作に腰掛けた。
「今日の余興はなかなか良かった」
「左様ですね。しかし、少し悪戯が過ぎませんか、お嬢様」
「名で呼べと言っているだろう」
「……申し訳ありません、カガリ様」
ふん、と一つ鼻を鳴らして脚を組む。“お嬢様”と呼ばれた屋敷の主は深い色のスラックスに比翼のシャツを着て、ダブルのジャケットを羽織っている。その肩口で細い金の髪が跳ねる。首元にタイを結んだその姿は少年にしか見えない。
「工員のストライキだなどと下手な嘘を吐くからだ。賃金を上乗せしろだと?子供だと思って甘く見たあいつが悪い」
「では……?」
「あの男の言ったことは嘘だ。工員はあの地方では破格の賃金で雇っている。もしその話が本当だとしても、着服による未払いがあるからだろう。金を渡せばあの男のポケットに入るだけだ」 忌々しそうに吐き捨てて抽斗に突っ込んである書類を掻き回す。領主の地位と共に受け継いだ事業はこじんまりとした玩具工場だった。息子のために作った玩具が始まりだったと言う。その息子は死に、彼女が残った。彼女は自身の嗜好に副って商品を展開し、それは世の子供たちに受けた。今では国内で知らぬ者は居ないほどの企業になっている。
引き出した紙に名を入れ、署名する。ざっと折って封筒に入れると封蝋に社の印璽を押して突き出した。
「あの男に届けておけ。解雇通知だ、一応な。……なんならあの男、引き裂いて喰ってもいいぞ」
言うと、くつくつと笑った。対する男もにやりと笑う。
「あのような者の血で、頂いた服を汚すのは少々気が引けます」
「それもそうだな」
立ち上がると窓辺によって暗い空を見上げる。大きく窓を開けると生気を奪うような夜気が無遠慮に入ってくる。白く凍った月が空に張り付いていた。
「……何をしている。早く行け、アスラン」
「はい。では」
失礼、と呟くと窓枠に足をかける。そのまま踏み込むと窓の外へ身を乗り出した。ふ、と消える。
視線を落として道の先に彼の疾走する姿を捉えると窓を閉めた。もう一度、声を立てて笑った。