小走りに寄ってその顔を見詰める。夢でも見ているような茫然とした瞳でカガリは言った。
「でも、お前……死んだ んじゃ」
「うん。死んじゃった」
こともなげに言ってキラは笑った。
「あの屋敷が燃えた時に、ね」
「え?」
その表情に邪まな翳が差す。尚も笑うキラの瞳に闇が点る。
「だからね、カガリが生贄になって悪魔を召喚したのも、その悪魔と契約したのも隣で見てた。連れてかれるのを、見てた」
夜目にもかたかたと震えているのが分かる。カガリは驚愕の表情でじっとキラを見ていた。
「なんで……黙って、た?呼んでくれれば、 置いては、行かなかったのに」
歪んでいくカガリの顔を見詰めてキラはくつくつと笑った。
「だって……もう声が出なかったんだもの。体も動かないし。瞼を閉じることも出来なかったから、ずっと見てた」
カガリの目からぽろぽろと涙が落ちる。
「カガリは帰るだろうと思ったけど、あの屋敷からどっちに行けば僕達のお屋敷に帰れるかなんて分からなかったから、騒ぎを起こして会いに来てくれるのを待ってた」
カガリは膝を折って泣き崩れた。死んだと思った弟は、その時には死んでいなかった。自分の手で殺した、そんな気がして後悔の念に涙が零れた。

lacrimoso  / 5

「僕は、カガリの弟だったんだ」
キラと呼ばれた悪魔はアスランを真っ直ぐに見て言った。
「とても、幸せだった。父様も母様も優しくて立派だった。父様は領主を拝命していて良い生活をさせてもらってたけど、僕達は普通の子供で、まさかあんな事が起こるなんて思ってなかった」
「キラ!!」
縋るような目で顔を上げ、悲痛な声で叫ぶカガリを無視してキラは続ける。
「僕達は子供部屋で、父様の会社が出す新製品の玩具で遊んでたんだ。新しい玩具は嬉しかったし、楽しくて、夢中で遊んだよね、カガリ。だけど、相当時間が経っているはずなのに、誰も時間のことを言いに来ないんだ。おかしいと思って僕達は父様と母様を探しに屋敷の中を歩き回った。散々歩き回って、辿り着いた先に二人はいた。 カガリ、覚えてる?」
くるりと振り返り、キラはカガリに笑顔を向ける。だがその瞳は冷たく、射るようにカガリを見ていた。
「ああ。……血の海に、倒れていた。思わず駆け寄って、起こそうとして」
がたがたと震え出したカガリを見て笑ったのはキラの方だった。アスランは憮然として眉を寄せる。
「酷い有様だったよね。もう顔なんか分からなかったんだもの」
「え?」
「ぐずぐずだったんだよ。カガリが起こそうとして揺すったら、崩れてしまった。うつ伏せに倒れていたから、顔を見ようと思って返そうとしたら、体がみんなボロボロ崩れてしまって返せなかった。でも、着ている物は父様、母様のものだったから、きっとあの二人なんだ。怖くなって二人で抱き合って泣いたよね。……未だ怖いの?そんなに震えちゃって。悪魔を従えてるくせに」
キラは嘲るように言ってカガリを見た。堪えきれずに嘔吐して咽るカガリを笑う。アスランはその音に駆け寄って蹲るカガリに手を添える。
「大丈夫か」
言葉無く頷いた肯定を見て視線を上げ、キラを睨めつける。きゃらきゃらと場違いな笑い声が響いた。アスランは不機嫌そうにキラに問う。
「何故、そんな話を?」
「え?だって、君は僕が何者か知りたいと思ってたでしょ?僕はカガリの双子の弟、キラ」
僕は兄だと思うんだけど、と小さく付け加えて首を傾けた。状況にそぐわない朗らかな笑顔が不気味に見える。
「そうして僕達は連れて行かれたんだ」
「もういい!やめてくれ、キラ!」
懇願に似た響きの叫びは、だが、キラには届かない。
「君が召喚された屋敷にね」
「そうか。だが、今はその話をしている場合じゃない。この猟奇的な事件の主犯を押さえに来たのだからな」
「あー、そうだったよね。でも、流石に、はい、そうですか、て捕まったりするの、嫌なんだよね。」
そう言うとキラは屈んでカガリの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、僕も帰っていい?折角会えたんだ、連れて行ってくれたら、一日捕まって殺される振りをしてあげるよ。……いいよね?カガリ」
じっと見据えてくる瞳は笑っていながらじっとりと睨みつけている。有無を言わさぬ光は蛇のようだった。
「うん……わかった。連れて行く」
「カガリ?!
カガリの答えにアスランは思わず声を上げる。それは驚嘆と警戒を促す色を含んでいる。カガリはそれを撥ね付けた。
「私の、弟だ。粗相の無いように」
「良かった!駄目って言われて帰れなかったら、今度は人を手にかけようと思ってたとこだったんだ」
驚愕に凍った瞳を向けたカガリに、キラは至極穏やかに、嬉しそうに笑った。