光の中に連れ出された人影は、一見若い男だった。
縄をかけられた体躯は細く、脆弱なように見えたが、それでも伸びやかな四肢は若さを表して力を暗示する。
一連の家畜惨殺事件の犯人を一目見ようと出てきた村人は、口々に罵りと呪いの言葉を叫びながら取り囲むように群がった。
そうして喧騒に近づく足音が絶えると、男はゆっくりと顔を上げた。
その顔はまるで少年、その体躯よりずっと若く見える。村人は言葉を失って彼を凝視し、立ち竦む。
本当にこの子がやったのか、そんな風には見えない、と密やかな呟きが広がった。
少年の顔は可笑しそうにくすくすと笑い、村人をぐるりと見回した。
「どうしたの?あんなに罵ってたのに。……殺さないの?じゃぁ、僕から殺っちゃっていいかな」
楽しそうな声で発せられた言葉に村人は震撼する。
「なんだ、やらないのか。自分達で制裁を加えたいんじゃないのか?ーー仕方ない、私が手を下そう」
群衆の中にいたカガリが一歩前に出て短銃を取り出した。男の頭を狙って構える。
すると、小石がカガリの横を通り過ぎた。こつ、と男の肩に当たって落ちる。それを見ていた村人達は色めき立った。足元の石を手当たり次第拾っては投げつけ、それは男の血が地面に大きな染みを作るまで続いた。

lacrimoso  / 6

「まったくさぁ~。人間って酷いよねー」
居間のソファを占拠して、半分寝そべる形で組んだ脚をぶらぶらと揺らすキラは頓着無げに言った。
「こんな大きな石投げてきてさー。痛いじゃない。ていうか、猟銃かなんかで蜂の巣にしてくれたほうが楽だし簡単なのに、わざわざ時間かかって疲れることしてくれちゃってさぁ」
肩を回して首を擦る。
「しかも汚いし。ボコボコでぐちゃぐちゃとか、戻すの大変だったしー。カガリ、何で撃ってくれなかったの?カガリが撃ってくれてれば、こんな面倒臭いことしなくて済んだのに」
俄かに詰め寄ってくる弟を一瞥してカガリは吐き捨てる。
「仮にも弟の顔をした人間を、そう簡単に撃てるかよ」
「悪魔だけどね」
他人事のように茶化して笑う。
さりげなくカガリの前にカップが勧められる。湯気は懐かしい匂いをしていた。
「あれ?君、そんなこともするの?」
「ええ。表向きは執事ですから」
表情一つ変えず答えるアスランを面白そうに眺めてキラはワゴンのポットに目を遣る。
「僕も貰っていいかな」
「!……これは珍しい」
驚いたというように目を見開いて言うと、アスランはにっと笑った。
「先程ご自分で悪魔と宣言されたので、こういうものは嗜まれないかと」
「まぁね。でも僕、人間だったから」
僅かに肩を竦めて眉尻を下げる。手早くカップを用意したアスランにキラは挑戦的に笑った。
一口含む。
「へぇ……上手いじゃない。こんなの、君にとったら美味しくも何ともないんでしょ?」
「ご自身も悪魔ならご存知でしょう」
「そりゃぁね。僕達には必要ないものだし。……よく美味しい淹れ方を覚えたよね。そんなにカガリに気に入られたかった?」
「は?」
「世を忍ぶ仮の姿、ってやつだろ?便宜上必要なだけだ。うるさいな、キラは」
くすくすと笑って様子を窺うキラに、アスランは不機嫌そうに声を上げた。面倒臭そうに被るカガリの声がキラを窘める。
その冷ややかな視線が、見下ろしているアスランの視線に似ていて、気持ちが波立つ。
「僕はね。カガリの傍にあんな悪魔が居るなんて嫌なんだ。
人間なら兎も角、悪魔だなんて。だったら、僕の方がよっぽどカガリのこと知ってて、守ってあげられるのに!」
苛立ちを隠しもせず、子供のような口調でキラは言った。
興醒めたような空気が這うように広がる。溜息を吐きながら、リセットするように目を伏せた。そしてふと思いついたようにカガリがキラに向き直って問う。
「そういえば……お前、どうして悪魔になったんだ?そもそも、そんなこと、できるのか?」
「できなくはないよ、現に僕は悪魔だし。ただ……かなり力技だったけど」
くすりとキラは笑う。ちらりともう一人の悪魔に視線を投げると硬直した顔でこちらを見ている。カガリは問うように自らの執事を見上げた。
「いや、基本的には契約によって願われなければ無理だ。契約の儀式を通らなかったものの魂は、その生命力を引き渡すだけのはず」
未だ信じられないという顔をしているアスランを見て、キラは面白そうに言う。
「そう。問題は、どうやって生命力を貰うか、だね」
「どうやって……?」
訝しげに顔を歪めてカガリはキラに問う。
「知らない?僕達は魂を喰らうんだよ。腹の中に取り込むわけ」
キラは目を細めて悪戯な笑みで答えた。
「その魂の力が強ければ暫く僕等の腹の中で耐えられるから、少しずつ力を吸い取りながら情報も貰うわけ。それで、こっちの世界で人に紛れて生活したり、遊んだりする。ね、アスラン?」
キラの問いにアスランは答えなかった。ただ、酷く不愉快そうな顔をしてキラを見据えている。
嫌悪するように僅かに眉根を寄せてカガリは更に問うた。
「それと、お前が悪魔なのとどう関係があるんだ?」
「僕は悪魔に喰われたんだよ。君達が部屋を出た後、様子を窺っていたもう一人の悪魔にね。
彼は君を手にかけた男と契約していた。何が目的かは今になっては分からないけど、二重に契約しようとしてたんだ。それを快く思わなかった僕を喰った悪魔は、彼の儀式が成功しないように細工をしてて、無意識に契約の呪文を唱えた君が、召喚した悪魔の主になった。もう一人の悪魔は殺された主とそもそも生贄だった僕を喰ったんだ。
いっぺんに二人分喰ったんだから、相当余裕あるよね。僕は魂を引き渡さないように…違うな、あの男が喰われてる間に逆に悪魔を喰ってやったんだ。」
カガリが息を詰まらせる気配が伝わってくる。気味が悪い、とでも思っているのだろう。キラはぼんやりと天井を見て溜息を吐いた。
「酷い味だったな。食べ物じゃないから仕方ないけど。
僕は死んだ、て分かってたから、カガリの傍に行くにはそうするしかないって思ったんだ。そうして何とか悪魔をねじ伏せて、僕は体を手に入れた。辛かったいろんなことから、カガリを守ってあげたくて」
くすりと笑ってキラはカガリを見詰める。カガリは静かに目を伏せた。