「守るって、何からだ」
重く低い声が、静かに響いた。対極とも言うべき明るい声がくつくつと笑う。
「忘れちゃった?父様と母様が殺された後のこと」
睨み付けるカガリの視線を跳ね返すように見据えてキラは続けた。
「あの組織はまだあるんだよ。場所を変えただけでね」
じっと動かない視線に、キラは軽く溜息を吐いた。
「やっぱり知ってたんだ。……また子供を集めてるよ、沢山ね。
そして。君は名指しで誘拐の指示が出てるんだ、カガリ」
キラが真っ直ぐ見返すとカガリの瞳は揺れた。そして、凍る。
「目的は、何だか分かる?」
「消したいんだろ?殺した筈なのに生きているから」
「最終的にはね。内情を知ってる子が外で生きてるのはまずいから。でも、それだけじゃ勿体無い」
意味ありげに笑ったキラに訝しげな視線を投げる。
「 利用価値」
「そういうこと」
ぼそりと呟いたもう一人の悪魔に、キラはにやりと笑った。

lacrimoso  / 7

「強い魂は強い悪魔を呼ぶからね」
ソファの肘掛に頬杖をついて、キラは何やら楽しそうに話し始める。
「殺したのに生きてるその強さで、また悪魔を呼ぼうとしてるってとこかな」
「何のために」
「さあ、具体的には分からないけど。欲望を満たすため、でしょ」
答えるその言葉が下劣に聞こえて眉を顰める。そんなカガリをキラは面白そうに見据えた。
「それとも、カガリの体が目的かな」
くすりと笑って肩を竦めると、カガリはあからさまに嫌悪を浮かべてキラを睨みつける。
「カガリ、きれいだったもんね。僕も触ってみたい、って思ったもん」
呟くように言って懐かしそうに目を細めた。
「ずっと一緒に居たのに知らなかった。女の子って、こんなに白くて柔らかそうで、いいにおいがするんだ、って。
……いや、一緒だったから気付かなかったのかな。胸が膨らんで、いつの間にかカガリの体が女になろうとしてることに」
知らず、胸を押さえてタイに触れる。押さえられたタイは浅い谷間に沈んだ。苦く歪んだ顔を伏せて、カガリは唇を噛む。
「それまで“やめて!”って叫んでたのに、カガリを見ちゃったら、もう……」
甦る記憶は屈辱に満ちていた。
「僕たち、子供のはずなのに、カガリの体は大人に似てて」
幾人もの子供達を穢してきたであろう汚い手で服を剥がれ、その内側の柔らかい肌にべっとりとつけられた手垢。
「不思議だった。酷いことされてるのに、見蕩れてた」
幼い体を無理に開かれて押し付けられた激痛。未知の痛みと恐怖に声を上げれば、愉悦の嘲笑を投げつけられた。保護を与えてくれるはずの大人は、搾取に明け暮れる。救いの無い地獄の、果てしない絶望。
「僕も相当酷いことされてたはずなんだけどね」
あれから2年。その記憶は未だ生々しすぎるほど鮮やかで。
震え出した手を握り込んで、勢いシャツを握り締める。同じように傷付いていると思っていた。痛みを共有できると思っていた。泣きながら髪を撫でてくれる手は慰めだと思っていた。
その内実は、こんなにも汚い。清さなど、自分達には欠片も残されてはいないと知る。
いや、知っていたのだ、認めたくなかっただけで。厚く塗り籠められた穢れに清さなど保てる訳も無い。
割れるほど噛み締めた奥歯が鈍い音を立てる。
「なら、いい贄におなりでしょう」
黙って聞いていた生粋の悪魔はぽつりと呟いた。
「未だ屈辱の方が強いようだが、快楽を覚えなかったわけではないようだし」
「うん。上手く漬ければすぐに浸るよ」
「漬けなくても。14で行う行為は最も快楽が強いという。それまで僅か2年、絶えず強いれば染まるだろう」
「うわぁ。流石、悪魔だね、容赦ないよ」
くつくつと笑ったのはキラ、アスランは無表情に冷たい声を放つ。
漬けるというのは麻薬のことだろう。打つか、嗅がすか、文字通り漬けるか。兎も角、正体を無くすということだ。
そうすれば、その搾取される生活に疑問を感じることも無く馴染む。それを浸ると言っている。
しかし、染まる、とは。
心の底から、この自分のまま、その行為に馴染むということだろうか……
「お前たち、 何 を 」
振り向いた瞳は氷のように冷たい。
「何を、とは?お分かりでしょう」
「もしもまたあの組織に誘拐されたらどうなるか、て話をしてるんだよ」
見下ろす無表情と正面に乗り出して見据える貌。それは、くすり と笑った。
「ちょっと使役できればいいんだったら、その程度で十分だし。生贄を探してくる手間も省けるし。こっちの線のが強いかな?」
噛み締めた歯が再びぎり、と鳴る。
「どうする?あの組織、潰すつもりだったんでしょ?探されてるんなら捕まって、中心から崩すのもありなんじゃない?」
凍った瞳で口角を上げたキラの顔を、カガリは“悪魔”だと思った。